
今日は5年生がキンダー善光SC、6年生がエルシエロのU13と練習試合でした。6年生は慣れるまでは中学生のパワーとスピードに劣勢でしたが、徐々に落ち着いてプレーすることできました。さて、先日、医療系のドラマを見ていたら、何の病気か分からずに本人が悩み苦しむという話がありました。最終的には、検査では悪いところが見つからないので、ある病名で診断されることで本人が幸せになるというストーリーでした。まさしく「安心としての病気」(上杉正幸)だなあと思いました。以前は、「不安としての病気」でしたが、いつの間にか、医者から「病気」という「お墨付き」をもらうと安心する時代になったということでしょう。「健康」も同じで、「安心としての健康」から、いつまでも「健康」でなければいけないという「不安としての健康」の時代と言えます。ここで注意しなければいけないのは、「健康のためのスポーツ」です。「不安としての健康」時代のスポーツは、義務的で辛いものになりがちです。スポーツの価値は多様です。健康だけでなく、嬉しさ、楽しさ時には悔しさなどの精神面、また仲間づくりやコミュニケーションなどの社会的側面で私たちの生活を豊かにしてくれます。スポーツをする時は、「・・・のため」と身構えずに、気楽に楽しむことも大切ではないかなあと思います。