今日は、4年生が明大明治杯に出場し、惜しくも準優勝でした。決勝では、雰囲気に飲まれたのか、動きが硬かったですね。この学年は大人しく仲の良い学年ですが、チームを鼓舞して盛り上げる選手が出てくることを期待したいですね。さて、たまにお笑い芸人のラジオを聞くのですが、先日、阿部寛のモノマネをするラパルフェが「漫才がスポーツになるのがイヤ」だと言っていました。この時のスポーツは、基準が統一化された競争という意味で使われていたと思います。スポーツでは、制度化された基準の中で勝敗が決められます。M1やR1、THE Wなども審査員が、「お笑いとはこうあるべき」という基準で審査します(話題になったTHE Wの粗品の審査もそうです)。ラパルフェはそれに対して異議申立てをしているのだと考えられます。彼らは、M1の準々決勝という舞台で、他の漫才師の、「完コピ漫才」を披露し、結果よりも笑いの「表現」に挑んだと言われています。お笑いのことはよく分かりませんが、ここで「スポーツ」が使われたことが気になりました。そこにスポーツの捉え方の一端があるからです。ラパルフェの主張に倣うならば、スポーツにも楽しみ方は色々あって良いのではないかと思います。さらに言うならば、競争を前提とするスポーツであっても、勝利を目指す方法はもっと多様であって良いように思います。一般的には、ラパルフェが例えたようにスポーツは、どんどん標準化、規格化、制度化されていると考えられています。しかし、それではスポーツが「苦行」になってしまうこともあります。どこかにスポーツも「遊び」だという感覚を残しておきたいですね。




